内向的でも好きを仕事にできた!元ミュージシャンのストーリー

突然ですが、あなたは人見知りですか?

実は私、人見知りなんですぅ

って言う日本人って結構多くないですか?

でも、生粋の人見知りの自分からすると、
「いやいや、あなたは違うでしょ…」
と言いたくなることがよくあります。

はるP
で、でも、言えない…

申し遅れました、フリーのコピーライターの坂下春樹、こと、はるP です。

【基本ステータス】
・人に話し掛ける=飛び込みジャンプレベル
・自分からなかなか友達を作れない
・飲み会・パーティーではほぼ無言
・ひとりの時間が大好き

人見知り育ち、今でも人見知り街道まっしぐらの僕ですが、
毎月で延べ50名以上の人が集まるコミュニティの運営をやりながら
昨年フリーのコピーライターとして独立することができました。

ただ、決して「根アカなポジティブ人間」に変身したわけではなく、
人見知りで内向的な性格は変わっていません。

人に話し掛けるのが怖くて、
クラスの中心グループに馴染めず、
嫌いな人にも意思表示できずに我慢し続け、
孤独を謳歌していました。

そんな自分がなぜ、
無理に場や人に合わせて自分を変えることなく、
【人見知りのままで】自分の強みを活かしまがら、
好きな人たちと自由な時間と場所で
働くことができるようになったのか、

その
「人見知りが人見知りのまま好きを仕事にしたストーリー」
を語っていきたいと思います。

そのストーリーを次の6つのステップでお伝えしていきます。

自分を知る

まずは「自分自身を知ること」が始まりだったかもしれません。

僕は昔から無口でおとなしく、人見知りが激しく、
かつ、運動オンチで、気が弱く、自信低めな思春期を過ごしていました。

・中学時代はカースト上位グループから目をつけられる
・大学時代のサークルに溶け込めず、居場所がなくなる
・バイト先にもうまく馴染めず、なんか変な奴に見られる

そんな痛い体験を重ね、

はるP
自分はなんてダメなんだ..

とますます自信を喪失。

でも、内心では

「コンチクショウー!!」

「い、今にみてろ!」

と叫び、密かに内なる炎🔥を抱いていました。

はるP
(でも、声には出ていない)

 

当時は、学校や会社など今いる世界が全てで
「その場のルールに合わせられない自分はダメ」
「そこにいる人の評価が絶対」

と思い込んでいたところがあります。

振り返ると自分を客観視できていなかったですが、
それにすら気付くこともなく過ごしました。

今だったら、自分を客観的に知る手段として、本やセミナー、ワークショップなど様々なものが思い浮かびます。

自分はある性格分類診断で、客観的に自分を知るきっかけを得ました。

  • そこで出た診断結果は一人で黙々と仕事をするのが好きな職人気質タイプ
  • 客観的に物事を捉えることに長け、物事を大きな視点で物事を把握する
  • マイペースにじっくり考えて、自分が納得できるかどうかを最重視
はるP
自分のことを説明してくれている!

「その場に適合できない=能力が低い」ではなく、
1つの個性であり、人はみな違てそれでいい。

いい年になってようやく気付いたことでした。

自己の弱さを受け入れる

自分の事を知ったあとは、
良いところも悪いところも含めて自分を受け入れること、

つまり、自己受容することも大事なステップだったと思います。

日陰な存在だったけど、どこかそれを受け入れきれていなかった過去の自分。

はるP
あいつらとは自分は違う…
はるP
・・・自分はこんなもんじゃない!

自信はないくせに、いっちょ前に上昇志向はあり、
どこか自分を過信していたり、無駄にプライドが高かったところがあります。

でも、33歳のときに一回り以上年下の彼女に振られ、打ちひしがれた末に
「自分と向き合おう」「ゼロから始めよう」と決意し、
ようやく自分を受け入れることができたように思います。

そんな自分の弱さをも受け入れ、自己を開示することは
自分に合う仲間や居場所を見つけるのに必要なステップでした。

自分を活かせる場所をみつける

学校にしろ、会社にしろ、当時はそこにいる世界が全てで
「その場のルールに合わせられない自分はダメ」「そこにいる人たちの評価が絶対」
と思っていました
が、

今では、

その場に無理に自分を合わせるのではなく、自分で居場所を選んでいいんだ

と思えるようになりました。

そして、僕が選んだのはドクラボというコミュニティです。

ドクラボはもともと「読」書会から始まった朝活コミュニティで、
現在は様々なワークショップ・セミナーを開催し、2年以上満員御礼が続いています。

自分はドクラボのブランドマネージャー/プロデューサーとして現在も活動を続け、
これまで100以上の講座の企画・プロデュースに関わってきました。

最初は
「何をすればいいのかよくわからない」
「果たして自分にできるのだろうか」
という状態でしたが、

「プロデューサー」という
自分の強みが発揮できる役割をコミュニティで与えてもらったことが
自分の人生の転機の1つ

だと思っています。

また、

伸び伸びと自分の力を発揮できる居場所を見つけて初めて、

はるP

・これまで不遇な環境にいたこと

・そこに合わせなければと思い込んでいたこと

に気付くことができました。

貢献を積み重ねて受け入れられる

なぜ、ドクラボというコミュニティが自分の活きる場所になったのか?

その要因の1つは
先程の性格分類診断をチームにも導入していて、共通言語となり、
お互いがお互いの個性を理解し、

自分を開示し受け入れやすい下地ができていたからです。

また、単に所属していただけでなく、
僕はコミュニティの中で、メンバーに「貢献」することを心懸けていました。

はるP
自分の得意なことでコミュニティに貢献する!

具体的には、
「プロデューサーとして講師に寄り添い、講座をプロデュースする」
という形で、
講師や参加者の満足度を上げたり、
「イベントの告知分やタイトルの作成」
「SNSでのプロモーション」など、
コミュニティのイベントの集客や運営の改善などにも無償で貢献を続けてきました。

その貢献の積み重ねがあって、
信頼を生まれ、認め、受け入れてもらったのだと思っています。

見つけた居場所で挑戦を続ける

もともとプロデューサーになりたいと思っていたわけでなく、その経験もありませんでした。

先輩のプロデューサーはいましたが、当時はまだマニュアル的なものもなく、
見よう見まねでトライ&エラーを繰り返し。

今、コピーライターとして仕事ができているのは、
実はドクラボのプロデュースの一環として続けていた
講座の告知文やタイトルのライティングがきっかけです。

今の仕事の核になっているセールスライティングも
もともと専門的にやっていたわけではありませんでした。

元ギタリストです。

音楽教室のインストラクターをやっていました。

プロデュースの過程で告知文をいくつも実践で書きながら、型をつかんでいきました。

今では、プロデュースのゼミができて、
人にプロデュースの方法論を体系化して教えるようなこともやっていたりします。

コミュニティ自体も、僕自身も新しいことに挑戦を続けています。

能力開発&スキルアップ

人見知りのまま、自分の強みを活かして独立するのに必要なのは
「自分を活かせる場所」「スキルアップ」す。

自分を活かせる場所を見つけたら、ただそこに所属しているだけにならずに、
人見知りなりのポジショニングを獲得し、コミュニティに貢献しながら
せっせとスキルを磨き続けることが必要だと思ってます。

そして、

「自分を活かせる場所」の中で
スキルアップできる「役割・ポジション」を得ることが
人見知りのシンデレラストーリーになる

というのが僕の実体験に基づく持論です。

以上6つのステップが僕の

「人見知りが人見知りのまま好きを仕事にしたストーリー」

です。

最後に

人見知りが人見知りのまま好きを仕事にした6つのステップ
1.自分を知る
2.自己の弱さを受け入れる
3.自分を活かせる場所をみつける
4.貢献を積み重ねて受け入れられる
5.見つけた居場所で挑戦を続ける
6.能力開発&スキルアップ

 

僕はこの6つのステップを経て、

無理に場や人に合わせて自分を変えることなく、
【人見知りのままで】
自分の強みを活かし、好きな人たちと

自由な時間と場所で働くことができるようになりました。

世の同士(人見知り)の方の参考になれば幸いです。